本物を見ているかどうかということ

  • 2017.11.16 Thursday
  • 17:06
最近自分の中でとてもストンと落ちたことがあって。

なんでだか好きになれない音楽や、物語や、絵など。わたしが好きになれないと思うところはどこなんだろう、ということを、たまに考えていたのですが。

先日自分でうちに生えてるレモンの木の絵を描いてよくわかった。
その木は本物をよく見て一気に描いたのですが、普段イラストを描くときはよく、自分で写メった画像を見たり、画像で検索して細部を確かめたりします。
本物を見て描いた方が、うまいかどうかはさておいて、好きな絵だった。

音楽も、同じ。


例えば私はメアリーブレアさんの絵がとても好きなのですが、好きだ好きだと思って、自分の描く人物の絵が似てくるとする。
そこで描く絵は「メアリーブレアの人物の絵」を描いた絵で、「人物の絵」ではない。
メアリーブレアが実在の人を見て、またはすごく想像して、あのイラストにするまでの心の動きが抜けているのである。

そこには説得力なんてない。

間に入るのが例えば写真だとしても、その形に人を切り取った気持ちや、その光を選んだ気持ちが抜けているのである。

かといって私は苦しいものを苦しいまま歌ったり、きれいなものをそのまま写し撮ったようなものがそんなに好きではないので、どういう形にするか、じっくり考えて作らないとなぁ、というようなことを、考えている。

木琴とマリンバのちがい

  • 2017.11.05 Sunday
  • 09:20
昨日は歌の録音に木琴とマリンバを入れました。
かなり試験的に、同じフレーズを、「木琴」と「マリンバ」で弾いみました。
先日のレッスンにも、普段はトンプソンで木琴で弾いている曲をマリンバで練習して行ったのですが、改めて感じたのは、木琴の方がシビアだということ。あと、木琴の方がやはり、限界がある。

「なぜ木琴を始めようと思ったのですか」と、ライブ後などに聞かれると、「初めはもうちょっと大きい、マリンバって言うのをやってまして、」とまず答えるのですが。そうするとマリンバを知ってる大体の方が、「あぁ、そうすると大体同じですもんね、」と言われます。そこで納得していただけることが多い。

ギターやスティールパンに比べると「大体同じ」ですが、弾き方は全く違います。マリンバが弾けても木琴は弾けない。少なくとも私は、大体同じだと思って始めて、かなり苦労しました。苦労したのは前も書いたので今日はその続き。

昨日感じた違いはまず手順。
腕の重さを素直にゆっくり乗せてたら木琴は音がきれいに鳴らないので、大きく移動するフレーズはなるべくコンパクトな手順にする必要があります。そして発音の瞬間の点が小さくて鋭いので、ちいさな筋肉で当てたほうがいい。
フラットを右手で弾いて、白鍵を左で弾くような、計算した手順が必要。そしてその手順でフレーズをしっかり歌うにはきちんと考えた練習が必要。

対してマリンバは、身体の重さを素直に乗せると、それに応えてくれるので、わりとそのまま歌を出せるなぁと改めて思いました。マリンバ、すごいぞ。

あとは昨日の曲はトレモロで他の楽器のサスティンと一緒に切りたいところがわりとあったのですが、残響がない分木琴のほうがコントロールが楽。楽というか、自分で出来るのが私は好みでした。
マリンバは思ったより残ってしまったり、頭の立ち上がりが鈍かったり。ダイナミクスが幅広く出せる分、木琴より全体を大きめの音にしないと安定しない。

このくらいかなぁ。

関係ないけれど昨日仲間になった子です。


木質以外の音のものを欲しいと思うことはあまりないので、出会って欲しくなって自分がびっくりでした。

はぅ。
なんとかわいい。

音も、なかなか印象的な楽器です。金属のバーを打ちます。何に使おうかなぁ。。

背負って木琴と運べるかと思ったけれど、重たいので無理です。しばらくは自宅録音用。

音の出し方とトレモロを練習します。あと、ソの音を上げたい。。削っていいのかな。。
この子については木琴ではないのですが、また書きます。

購入したのはこちら。
おもちゃ楽器.comさん。
他にもいろいろ、面白そうです。

ひばりの録音に思うこと。

  • 2017.10.31 Tuesday
  • 12:17
昨日の私のつぶやき。


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一昨日先生が、ひばり(美空)も九(坂本)も俺のグロッケンをご指名だったよ!とおっしゃっていたのを考えている。
例えば予算がたくさんあったとして、グロッケンの歌い方の違いにこだわれる人がいまどのくらいいるんだろう。削られてきたのはお金だとみせて、もうそれだけじゃない気がする。

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私の先生は有名なものでは「上を向いて歩こう」のイントロのマリンバを弾かれている水野与旨久氏です。

削られたのはでは何なのか。
昨日1日考えていました。

予算が潤沢にあったとしてではどこにお金を使うのか。
マイクだったり機材、良いスタジオとエンジニアを雇うこと。良いグロッケンとマレットを用意すること、もしかしたら良いグロッケンの音のサンプルを買うのかもしれない。上手いと言われている演奏家を雇うこと。

削られたのは何なのか。

人と人の間、みたいなものではないかと思いました。
相性だったり、やりとりだったり、人のひびき合い。そう歌うならこう弾くよ。こっちがいいかな、こっちだろう、そんな反応や、いつものメンバーでさらに良くしていくために話し合うこと、その時間。(いつものメンバーでやり方わかってるからとっとと終わらせよう、ではない。)
自分の耳と足で、いいなと思うプレイヤーを探すこと。頭の中でその組み合わせを考えてみること。

めんどくさいと感じるようなことを削って、汎用性のある、シンプルで、でこぼこしていないものが良い、とされているのではないかと。

何かを怖がっているんだろうか。換えが効かないもののことを。
替えがきくものは!どさっと増えて、そのほうがこわいよ。
よくわからないけれど。


面白いものをちゃんと作りたいと思います。私は。どうせ貧乏だし。

面白いものを嗅ぎ分ける人が増えるといいなと思います。なんとなく。

これについてはまた書きます。たぶん。