頭と体のつながり

  • 2017.08.17 Thursday
  • 12:09
頭で思いついた音を手で間違いなく弾く、のは大きな大きな課題なんだけど、弾けないピアノの方がまだ上手くできるのは何故なのか。

ピアノにあって木琴にないもの。

五本の指
指が常に鍵盤に触れていられること
子供の頃からやっていること
音が伸びること
一度に目に入れられる音域が広いこと

このくらいだろうか。


まず五本の指。
木琴は二本のバチしかないので、とっさに選べる音の可能性は二つ。三つ以上の音を連続させる場合、その二本で回さなくてはならない。ついでに隣がピアノよりは、遠い。黒鍵も、遠い。ピアノよりは、ですが、。


次に指が鍵盤に触れていられること
きっと上手なかたはひらひらと、触れてなんかいない風に弾かれるのでしょうが、それでも木琴にくらべると不確定要素は少ないでしょう。私の場合は譜面がある曲もそうですが、音ミスが続くと、頭の中の音楽がわけわからなくなることも多い。
確実な場所に準備しておける、というのは強い。


子供の頃からやっている
これはちがうと信じたいけれど、鍵盤の幅や重さなんかは手が覚えているので、やってなかったらもっとピアノでも出来てないのかも。


音が伸びること
伸ばすときはトレモロやっているのですが、トレモロはそんなに大変じゃないけどやっぱりただなにもしないで伸びているわけではない。

一度に目に入れられる音域が広いこと
私はかなり視覚的に演奏しているので、見えた方が弾きやすいです。(ギターとか、バイオリンとか、弾いているところが見えない楽器が苦手)
目に入っている音の方が出す可能性がたかい。


色々挙げたけれどはじめの二つかなぁ。おもに。


次はどうしたらよいか、考えます。

責任

  • 2017.07.17 Monday
  • 12:06
クラシックだけから、今のような活動になって、責任。ということをよく考えます。
クラシックを弾くことはいつも、自分以外の誰かも弾いている曲で、わたしより上手い人は歴史の中にも現在もたくさんいて、いち、挑戦者の気持ちでした。
年齢的にも。ぎりぎり、挑戦者でいていいと思えました。


今の活動は自分の曲を弾いたり、他の楽器の曲を全然違う編成で弾いたり。他の国で大切にされている音楽を弾いたり。他にやってる人がいなくて、全部じぶんで選んで決めている。

私が変なふうに弾いたら、そういうものなのかー、と思われることもあるだろうし、木琴ってつまんないな、と思われることもあると思うと、がんばらねば、、と日々思います。

挑戦者であることは変わりないし、挑戦者でいたいですが、人にそう言うのはやめようとなんとなく思っている。最近。

木琴ソロは、挑戦ですが。

このところのこと。

  • 2017.07.16 Sunday
  • 16:44
この週末は譜面を書いたり譜面を書いたり譜面を書いたりしておりました。
7/23に向けて、まとまりつつあります。
新曲も書きました。

拙いわたしの音楽、どうなることやら不安しかありません。。

かんがえてかんがえて、かんがえよう。


最近暑いのと湿度がひどいので木琴がいつもみたいに鳴りません。どうしようかなぁ、と思いつつ、マレットで調整したりはしてみますが、一つの憧れである、「かたいマレットで、からりとした音をだす。」練習をもう少しやってみようかなぁと思っています。わたしの木琴は木琴にしては柔らかく、ウエットな音です。たぶん。


頭の中で歌う音を二本のマレットでそのまま鳴らすにはどうしたら一番いいのかを最近はよく考えます。
手順のことや、発音の仕方や。
例えば管楽器の人がとったアドリブなんかを真似するとき、この練習はとても必要。


今月のキソウチテンポ、48を始めて、先日ふと45でやってみたら、とてもきれいに出来るようになっていた。
うれしい。
最近のキソウチは木琴でスケールを多めに弾いています。


そんな毎日。